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ヴィトンタイガカバン編集

「よした。それがしも。——」  といった。 「まず、一献」  と、庄九郎は青竹の酒器をとりあげ、香子のさかずきに注いだ。 「お干《ほ》しくだされ。それがしも頂戴《ちょうだい》する。もう、この一件、思いあきらめた。禅家では一《いち》期《ご》一《いち》会《え》と申す。普《ふ》天《てん》の下《もと》、人間は億千万人居りましょうとも、こうして言葉をかわしあうほどの縁を結ぶ相手は生涯《しょうがい》でわずかなものでござる。よほど前世の因縁が浅くなかったのでありましょう」  ぐっと干し、唇《くちびる》の滴《しずく》をぬぐってから、 「そうではござらぬか、宮。あなた様のおん前にいるのは、仏縁によってここに湧出《ゆうしゅつ》したるただの男」  と言葉を切り、さらに酒を満たし、 「わが前にいるあなた様は、これまた逢《あ》いがたきみほとけの縁によりてこの山に湧出したるただのおんな」  ぐらっと体がゆれた。 「そのただの女と男とが、ふしぎな縁で酒を汲《く》みかわした、ということでこのたびはお別れしましょう。されば縁の尊きを思うべし、思うなれば、歓をつくすべし」  酔っぱらってはいる。しかし庄九郎の酔態というのは、わるいものではない。土岐頼芸が庄九郎に魅了されたのも、ひとつはこの酔態であった。声に涼やかな風韻があり、酔語は巧まずして詞華を織り、ときに唄《うた》いときに舞えば都の名流といえども及ばぬような芸をみせる。 「舞いましょう」  と、庄九郎は、よろりと立ちあがった。 「されば、敦盛《あつもり》を。——」  ゆったりと舞いはじめた。  うた《・・》は、ない、鳴物もない。  が、どこかからそれらが聞こえてくるような舞いかたである。
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