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2015-02-06 21:32    ルイヴィトントートバッグ激安
 順番がきて挨拶に立った孝二にすかさず声がかかる。緊張しすぎたせいか、自分で自分の声の大きさに吃驚(びつくり)しているところに図星を指され、彼はすっかり動揺してしまった。  「しっかりしろ!」  あちこちから野次が飛んでくる。それが次第に激しさを増すと、彼の頭のなかをただ金属音のみが渦巻き、孝二は壇上に立ち竦むのだった。——それにしても酷(ひど)い学校に来てしまった。これでは校舎だけでなく生徒までも、すっかり荒れ果てているではないか。よほど腹を据えてかからねばとても勤まりそうにないな、と思った。  孝二の教師生活はこうして始まった。札工は工業高校としては北海道で一番古い高校である。戦争中は技術者の中堅幹部養成のため、戦後は工業立国の担い手として重要な役割を果たしてきた。  電気、機械、土木、建築などの八科があり、各科ごとに製図室や実習室を持っているので、校内は複雑に入り組んでいる。記憶力の悪い孝二はいつまで経っても覚えることが出来ず、まるで迷路にでも踏み込んだように不安な毎日だった。  孝二の所属する普通科の職員室には三十人ほどの教師が在籍していた。男子校で教師も男性ばかり、花もなく絵もなく夢もなく、殺風景なうえに埃っぽかった。部屋の中央には生徒が実習で造ったという大きな鋳物のストーブがどっかりと据えられ、それを取り囲むようにぎっしり机が並んでいる。雨が降ると直ぐ雨漏りするので、小使いさんはバケツや洗面器を持って走り回った。  「我々を、こんなボロ校舎に入れておく文部省はどうかしている」と、ぶつぶつ独り言を呟やきながら、奥寺は職員室の中で靴を履いて傘を差し、悠々と帰って行った。  「教務課長が先に立ってこれだもの、学校の統制が乱れてしまう筈だよ」  生徒指導課長の森田は声を荒げ、毎日のように奥寺を詰(なじ)っていた。  奥寺は無類の酒好きで、しかも自由奔放な人だった。欠勤や遅刻の常習犯で、生徒は始終自習をさせられていた。  孝二もよく彼に誘われた。昼日中、呑ん兵衛たちはぞろぞろと奥寺の後から付いてゆく。仲畑、花田、高清水——顔ぶれはいつも決まっていた。学校を出て直ぐ近くの酒店で、焼酎とつまみそれに紙コップなどを買い求め、五、六丁の道程を手分けして持って歩く。  伏見稲荷の百二十八段の石段を息をきらして登りつめると、そこに境内が広がり札幌の街が一望できる。大通り公園が東西に長く走り、都心には丸井、三越、時計台、その北側に赤煉瓦の道庁、札幌駅、さらに北に目を移すとそこには宏大な北海道大学がその威容を誇っている。  「札幌の街は明治四年アメリカから来た開拓使顧問ケプロンによって計画されたものだから、都市造りのスケールも方法も本州とは全く違うんだよ」  奥寺が得意げに言った。彼は数年前「北海道文化奨励賞」を受賞したことのある郷土史の研究家でもあった。  「奥寺先生のお祖父さんは『鈴木大輔』と言って、明治の開拓使庁に勤める高級官吏だったそうですよ」  「それが縁で彼は大学を卒(で)ると、直ぐ北海道に渡って来たらしい」  彼はとかく話題に上る人物だった。血筋の良さと明晰な頭脳が、一層彼らの関心を駈りたてるようであった。生徒たちの間でも一種の憧れの対象だった。  「日本地図でも、世界地図でも、あっという間に黒板いっぱいに描いてしまうんだ。授業は面白いしテストは無いし、最高だよ」