アルマbb モノグラム
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null と、水夫にきいた。 「品川宿《しながわじゆく》でございます」  水夫は、伊予塩飽《いよしあく》なまりで答えた。 (品川なら、これは降りたほうがいい)  と、艦長の肥田浜五郎にかけあうと、浜五郎はあっさり承知し、笑いながら早口でなにか云った。歳三があとで思いだすと、どうやら、 「新選組も、船酔いには勝てぬとみえますな」  といったらしい。  未明、投錨し、三隻の短艇がおろされ、新選組四十三名だけが、上陸することにした。  品川では、 「釜屋」  という旅籠にとまり、近藤と沖田だけは投宿せず、浜からそのまま漁船をやとい、ひとあしさきに江戸に入り、神田和泉橋にある幕府の医学所で治療をうけることになった。  歳三は釜屋の入口に、 「新選組宿」  と、関札を出させた。この品川釜屋が、京大坂を離れた新選組の最初の陣所というべきであったろう。 「諸君、戦さはこれからだ。数日逗留するから、船酔いの衰えを回復することだ」  といいふくめ、自分は海のみえる奥に一室をとり、掻巻《かいまき》一枚をひっかぶって、ごろりと横になった。 (いまごろ、お雪はどうしているか)  奇妙なことに、お雪がまだあの西昭庵にいるような気がしてならない。