ヴィトンヴェルニアルマ
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null「黙っていることは、認めることか」 「奴らのすることを認めちゃ、いけないと思います。でたらめはでたらめ、デマはデマと指摘すること、これが現代人のなすべき勇気ですよ。いや、義務ですよ。ねえ、知子さん」  哲也が知子を見た。知子はさきほどから、うつむいたままだ。 「知子さん、元気を出してくださいよ。とにかく、おやじが書くといっていますから」  知子は顔をあげた。 「ありがとう。でもね、大原さん、世間の人々は、一度受けた印象は、なかなか訂正できないわ……。それよりわたし、いま、あの人のことを思っていたわ」 「あの人?」 「そう。景子さんよ」  知子の声が冷たかった。      31  景子は自分の部屋に閉じこもって窓を見ていた。もう時刻は二時を過ぎていたが、景子は洗面もしていなかった。家の中が妙にひっそりとしている。人の出入りの激しい佐津川家が、このようにひっそりしていることは、近頃珍しい。が、景子は、そのわが家の様子にも気づかぬように、自分一人の思いにふけっていた。  窓のむこうには稲架襖《はさぶすま》が、遠く野の果てまで幾重にも立っているのが見える。窓の下には、鮮やかな楓《かえで》の紅葉が、これまた葉も実も真紅のナナカマドと並んで立っていた。だが、景子の目にはそれもはいらない。  景子が、『人と風土』に載った哲也と知子の記事を見てから、三日過ぎた。あの記事を見て以来、何をする意欲も湧《わ》かなかった。それは複雑な形で、景子の心を蝕《むしば》んでいった。  最初景子は、父たちのやり方に、かつてない憤りを覚えた。が、父にその憤りをぶつけてみても、結局は真正面から受けとめてもらうことはできなかった。笑われるだけだった。そのうちに、景子の胸に、新たな不安がきざしはじめた。 (とにかく、哲也さんと知子さんが、むつまじげに立っていたことは事実だわ)  ふっとそう思ってしまうのだった。写真で焼きついた二人の映像は、四六時中景子を悩ませた。